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  • HISHIDA Masayoshi

契約書にける管轄条項は重要か

本記事は、下記のnoteの拙稿(2019年10月15日)の転載です。

https://note.com/hi_masayoshi/n/n73125da27040





1 はじめに

前菜、スープ、メインの肉魚、デザート。

コース料理には順番があります。

契約書も同じで、出てくる順番があります。

契約書の最後にでてくるデザートともいえる「管轄条項」について、個人的には、それほど重要とは考えていませんが、今回は、その沼に足を踏み入れたいと思います。

ちなみに、トップの画像は、神戸地方裁判所です。


【基本型】
本契約に関する一切の紛争については、●●地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。


2 有名論点:「専属的」文言の必要性は?


【亜種A】
本契約に関する一切の紛争については、●●地方裁判所を第一審の合意管轄裁判所とする。

上記は【基本形】に比べて「専属的」との文言がなくなっています。


これは、有名論点です。

この「専属的」との文言がなければ、「付加的(選択的)」管轄合意とされてしまう可能性があります。「付加的(選択的)」とは、「①民事訴訟法で認められている裁判所+②契約書で記載されている●●地方裁判所にも訴訟提起できます」との意味です。ちなみに、この管轄合意は、書面(電磁的記録も可能)でしなければなりません(民事訴訟法11条)。

このような「付加的(選択的)」管轄合意と解釈されるリスクを減らすために、この「専属的」との文言は必須です。ただし、専属的合意があっても、事案によっては、他の裁判所に移送される可能性がありることに注意が必要です(民事訴訟法17条、20条)。




【条文】民事訴訟法11条(管轄の合意)
1 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
2 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 第一項の合意がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その合意は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。

3「被告の本店所在地」ではどうか?



【亜種B】
本契約に関する一切の紛争については、被告の本店所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

「●●地方裁判所」が契約交渉で決まらず、やむなく「被告の本店所在地」とする場合があります。また、雛形レベルで「被告の本店所在地」となっている契約書も見かけます。たしかに、「被告の本店所在地」とすると「訴えられる側の近くの裁判所」で裁判をすることになりますので、一見すると、公平にみえます。

しかし、ここも厳密には、次の2つの理由でリスクがあるので、やはり「甲(自社)の本店所在地」とできれば、そちらの方がよいといえます。


■理由1 双方請求型訴訟

例えば、システム開発紛争において、ユーザが途中で契約を解除した場合、①ユーザは、ベンダに対して、既払報酬の返還請求を求める訴訟を提起することが一般的です。他方、②ベンダも、ユーザに対して、ユーザの自己都合解除だとして未払報酬の請求を求める訴訟を提起することがあります。そうなると、どちらが「被告」になるのかは、どちらが先に拳を振り上げるかの問題になってしまいます。

ここまでは公平なのですが、報酬の支払方法や時期次第で、ベンダがほとんど報酬を受け取っている事案では、ベンダが訴訟提起をする可能性は低くなります。反対に、ユーザがほとんど報酬を支払っていない事案では、ユーザが訴訟提起する可能性は低くなります。報酬の支払方法や時期の条項次第で、一見すると公平にみえても、実は、公平ではない可能性があります。


■理由2 債務不存在確認訴訟

また、債務不存在確認訴訟という制度があります。上記でいいますと、①ベンダが既払報酬の返還義務はないと求める訴訟、②ユーザが、自分は未払報酬はないと求める訴訟です。この訴訟類型では、原告・被告が逆転します。相手方が、なかなか訴訟を提起してこないときには、ごく稀に、あり得るとは思います。


そのため、よりセーフティには、「被告の本店所在地」ではなく、やはり「甲(自社)の本店所在地」としておくべきでしょう。



4 文言「訴訟物の価格に応じ」は必要か?



【亜種C】
本契約に関する一切の紛争については、訴訟物の価格に応じ、甲の本店所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

■1 事物管轄を簡単に

上記【亜種C】は、「事物管轄については民事訴訟法どおりとする合意」と理解できます。


そもそも事物管轄とは、民事訴訟の第一審裁判所を、地方裁判所または簡易裁判所のどちらにするかのルールです(高等裁判所が第一審裁判所になる特殊な例として、選挙に関する争訟や審決等に対する訴え(特許法178条)等があります。)。

そして、この地方裁判所と簡易裁判所どちらになるのかは、訴訟物の価額(訴額)が140万円を超えるかどうか等で区別されています(裁判所法24条、33条1項1号。文末*1)。


■2 不要かもしれない理由

私見では、「訴訟物の価格に応じ」は不要な場合があると考えています。

上記【亜種C】では、訴額140万円以下の事件については、事物管轄どおり、簡易裁判所で裁判をすることが合意されているように読めます。


仮に、甲の本店所在地が「芦屋市」とします。そうなると、訴額が140万円以下の事案では「西宮簡易裁判所」、140万円を超える場合には「神戸地方裁判所尼崎支部」という場所で、それぞれ裁判をすることになります(兵庫県内の管轄裁判所について、裁判所ウェブサイト参照)。

関西人はお分かりかと思いますが、「西宮簡易裁判所」と「神戸地方裁判所尼崎支部」とでは、そう距離は離れていません。しかし、地域によっては、簡易裁判所と地方裁判所が相当離れている場合があります。また、距離以外の諸判の事情で、地方裁判所での裁判を希望する弁護士もいるようです。


合意管轄は、事物管轄を変更する内容の合意も可能(=訴額140万円以下の訴訟を地方裁判所でするという合意も可能。大判大正11年7月4日)です。

そのため、距離や諸判の事情を考慮して、不要な場合もある文言といえます。


なお、この条項があり特定の簡易裁判所が合意管轄とされている場合、応訴管轄(原告が法定管轄以外の裁判所に訴訟提起した場合に被告が管轄違いを主張せずに応訴することで生じる管轄。民事訴訟法12条)を狙うという方法もありますが、不確実なので期待できません。


5 混ぜるな危険!準拠法が入っていれば要注意



【亜種D】 管轄+準拠法
甲及び乙は、本契約及び本契約に基づく個別契約に関連して法律上の紛争が生じた場合の第一審の専属的合意管轄裁判所を、●●地方裁判所とすることを合意する。また、本契約の有効性、解釈及び履行については、●●法に準拠し、●●法に従って解釈されるものとする。

ごく稀に、管轄+準拠法が混ざっている契約書があります。

準拠法についてごく簡単にいうと、「どこの国の法律に従って裁判をするか」を定める条項でして、裁判所の合意とは別です(なお、国際裁判管轄の合意について、民事訴訟法第3条の7も参照)。

準拠法が、例えば「ケイマン法」であれば、たとえ第1審を東京地方裁判所でするという合意があっても、ケイマン法で争わないといけなくなる場合があります。これでは、結果の予測可能性が極めて低くなり、かつ相当の翻訳費用・調査費用・弁護士費用等が発生します。

混ぜるな危険です。絶対にスルーしてはいけません。



6 まとめ

ところで、そもそも管轄裁判所について、当方(自社)の要求が通らず、相手方の住所地の裁判所になった場合のリスクは何でしょうか。


裁判所は、どこも公平であり、どこの裁判所で裁判をしたから有利ということはありません(なお、専門部・集中部という制度はあります)。

そのため、相手方の住所地の裁判所で裁判をすることになった場合のリスクとしては、当事者の交通費程度です(弁護士に依頼する場合には弁護士の交通費と日当も発生します)。また、電話会議という制度があり、遠隔地の弁護士は、合計数回の出廷でよい場合もあります。さらに、裁判のIT化も進みつつあります。そうであれば、そう費用は高額にはならない場合も多いでしょう。


逆に、①契約交渉にかける労力、②タフな交渉をして契約自体が頓挫するリスクや契約のスタートが遅れること、③相手方有利な管轄条項になったとしても訴訟にまで至る可能性は相当低いこと(訴訟前提で契約を結ぶケースは稀でしょう)からすると、デザートともいえる「管轄条項」はあっさり決める方がよいのではないでしょうか。個人的には、冒頭の【基本型】で十分だと考えています。


しかし「管轄条項+準拠法」としている契約書が稀にありますが、これはリスクが高すぎますので要注意です。

コース料理も契約書も、お高くつくときもあるという意味では同じですね。

ごちそうさまでした。



7 執筆者情報

STORIA法律事務所

弁護士 菱田昌義(hishida@storialaw.jp)

所属事務所:https://storialaw.jp/

※ 執筆者個人の見解であり、所属事務所・所属大学等とは無関係です。



8 補遺・脚注・参考文献

*1 事物管轄には、地方裁判所による自庁処理(民訴16条2項)、簡易裁判所の裁量移送(民訴18条)、必要的移送(民訴19条)といった例外があります。


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